お葬式のときに、
私たちは必ずといっていいほど、
お数珠を持って、弔問に行きます。
そのほかにも、
法事や祈祷の折などにも、持っていくと思います。
皆さんが属する宗派によって、
持っていく数珠の形も多少異なってきます。

基本的には、108の数で、
そろばんに似たものから、
球になったものまで、様々です。
一般的には、お数珠の原料になる木は、梅を用いますが、
中には高価な白檀、沈香、伽羅などの香木や、
変わったところでは、やしの木や紫檀、
黒檀、鉄刀木(たがやさん)といった木で出来たもの、
水晶、メノウ、ヒスイ、ラピスラズリといった鉱物までもが、
お数珠として、用いられます。
現代の若い人のファッションとしても、
パワーストーン(ヒーリングストーンともいう)と
呼ばれる石をふんだんに配したブレスレット型のお数珠も
よく見かけるようになりました。

水晶・・・・・・・・・・ 生命を育み、繁栄させる
紫水晶(アメジスト)・・・真実の愛を守る
タイガーアイ・・・・・・ 富や財産を増やす
ターコイズ・・・・・・・ 仕事運をアップさせる
ムーンストーン・・・・ 恋人たちの石と呼ばれ、幸運を招く
トルクマリン・・・・・・ 人間関係を円滑にさせる
カーネリアン・・・・・・ 勇気を与えてくれる
ヘマタイト・・・・・・・ 体調を整え、ストレスを解消する
皆さんも、お手元に、もしくは、家庭に
1つや2つぐらいは、置いてあるのではないでしょうか。
さて、なぜお坊さんや私たちは、
様々な法事の折に、このようなお数珠を持って行かねばならないのでしょうか。
皆さん、疑問に思ったことはありませんか。
そして、お数珠とは、一体何のために必要なものなのでしょうか。
数珠には、様々な大きさがあり、
葬式や大きな法事に用いる装束念数、
行者が行に用いる一般のものよりは大振りな行者念数、
百万遍念佛に用いられる大人のこぶしほどのものまで、あります。

法事や護摩のときなど、
お坊さんがする数珠の音には、荘厳さと何やら有難さが入り混じり、
何ともいえない乾いた音が、響きわたります。
さて、お寺の法要も、2時間や数時間かけて行なうものから、
長くは、1週間を通して行なわれるものまで、様々あります。
例えば、比叡山では、春4月1日より1週間をかけて、
根本中堂において、御衣加持御修法(ギョイカジミシホウ)という
加持祈祷が行なわれます。
これは、玉体加持といって、
天皇陛下が1年間お召しになる御衣(ギョイ)を
1週間かけて、祈祷するものです。
比叡山は、鎮護国家の道場として、
伝教大師最澄さんによって、(788〜822年)開かれました。
しかし、比叡山のどこを探しても、延暦寺というお寺は存在しません。
山、そのものをお寺と見立てているため、
延暦寺というお寺はないのです。
延暦寺(延暦七年(788年))に創建。
少々わき道に逸れましたが、
その当時天皇陛下イコール国家そのものであった時代、
神社仏閣はともに国家の安泰を祈り、
天皇陛下の1年の安泰を祈ることは、
日本国の1年の安泰と繁栄を祈ることと同じでありました。
この国家安泰を祈る修法は、現代の今上陛下に至るまで、
脈々と引き継がれています。
皇室といえば、すぐに
皇祖天照大御神を祀る伊勢神宮を始めとする神社を
思い浮かべられる方が多いと思いますが、
大きなお寺などでは、同じように国家の祈願も行なわれているのです。

さて、その他にも、多くの修法(朝・昼・夕の3座)があり、
長い時間をかけて、祈祷を行なうため、
僧侶は、食事もしなければなりませんし、
お風呂にも、トイレにも行かなければなりません。
そのため、座を一時中断し、また朝から晩まで、この修法は続いていきます。
ましてやその時に唱えられるお経の数々の膨大なことと言ったら、
この上ありません。
前号にも書きましたが、そのとき、真言も唱えます。
その真言なども、数多くの佛さまの名とともに、
回数も決められておりますので、途中で中座すると、
自分がいったいどこまで真言を唱えたのか、覚えておくことも大変です。
そこで、数珠の出番になるのです。
さて、数珠には、どんな役割があるのか。

数珠には、大玉と小玉によって、
百八の数があります。
その下に、球状のものが10個、
そろばん状のものが20個ほど、ついています。
そして、親玉(数珠の中心)より数えて、
7つ目と21個目のところに
小さな数珠玉(小玉)が配置されています。
真言は、主に7偏、21偏、108偏唱えることになっています。
ちなみに、不動真言(天台よみ)
「ナマ、サマンダ、バサラナン、センダ、マカロシヤナ、
ソワタヤ、ウンタラタ、カンマン」など、
108偏唱えようとすると、1時間近くかかります。
例えば、観音様の真言「オン アロリキャ ソワカ」を唱えるとします。
そうすると、1つ真言を唱えるたびに、
1つ内側に向かって、数珠を動かします。
7偏目になると、小さな玉の切れ目に差し掛かるので、
真言を唱える僧は、考えなくても、7偏唱えたということがわかり、
真言そのものに集中することができるのです。
「オン アロリキャ ソアカ」
108偏繰り終わると、下の房の丸い玉を1つ上げます。

下の房の丸い玉の1つは、百の単位を表します。
これを全部上げ終わると、1080偏の真言を唱えたことになります。
1080偏の真言を唱え終わると、
そろばん玉状の1つを繰り上げます。
この玉は、20個ついています。
1つひとつが千の単位でありますので、すべての数珠玉を使い切ると、
そろばん状の玉(1080×20=21,600)と
丸い玉(1,080)と数珠本体(108)を足して、22,788
2万2千788偏の数を、記録することができるのです。
早い話が、
お数珠とは、数を正確に記録するためのものだったのですね。
その数珠が、いつの間にか、一般の方々に用いられるようになり、
108の半分である54の形になり、
今、皆さんの左手に持たれるようになったのです。
主に、右手は修法の際、忙しく動き回るため、
数珠は左手で持ちます。
(不動真言や諸尊の真言を唱えるときは、両手でも行ないます。)

お坊さんというプロが持つ際には、
このような意味で用いますが、
今、数珠といえば、一般的には意味は知らなくとも、
信仰や法事のときにも持つし、
現代人のファッションとしても、
その地位を確立したようです。
意味を知ってしまえば、
有り難くもあり、有り難くもなし。
しかし、いまやお数珠は、
法事やお遍路、七福神参り等の霊場巡りに出かける私たちには、
なくてはならないものの1つになりました。

その他にも、
現代に合った色や形に進化し、
信仰の対象となっていたものが、
ファッション性にも優れたものとして、
また、独特な風水の理論ともあいまって、
運気が上がるアイテムとしても、
受け入れられるようになってきました。
お数珠の一つひとつの玉には、
皆さんのお経や真言、願い、
その時折々の思い出が染み渡っています。
お数珠は、佛さまと皆さんをつなぐ、大事な法具の一つでもあります。
大切にお使いになってください。

人が生を受け、人生を全うする。
このことを誰も疑問に思うことはありません。
人が人として本来の自分を見い出し、今をすばらしいと感じたときにこそ、私たちの本性である神性が目覚め、人として生きてきた自分を知ることになるでしょう。
人は成長を求め、両親や性別、このときを選んで自らの意思において生まれています。
しかし悲しいことにその記憶を宿すことはありません。
なぜなら、生きる目的を最初から分かっていることは、時として魂の成長を妨げてしまうことになるからです。
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