4月25日朝、ニュースを見ようとテレビをつけると、
SMAPの草薙くんが、謝罪会見を行なっていた。
相変わらず、ほぼ全チャンネル横並び、
私もお酒はたしなむというより、かなり好きな方である。
度が過ぎることも、度々あり、
二日酔いでというよりは、反省という意味合いで、
頭を抱えることの方が多い。
今回の事件、やはり有名人ということもあり、
報道の加熱もすさまじい。

私が酔っ払って大声を上げ、
周り近所の方に、ご迷惑を掛けても、
これほどのことにはならないし、
お巡りさんからも、「さっさと服を着て家に帰りなさい」と、
お叱りを受ける程度。
もしくは、トラ箱(留置場)に一晩留め置かれ、
お小言を頂戴するのが、関の山。
しかし報道によると、草薙くん、
お巡りさんと少々もめ、
ビニールシートでぐるぐる巻きにされ、
御用となったようだ。
社会人としての自覚に欠け、
周り近所の方に、ご迷惑をかけたことについては、
私も少々どうかなと思うこともあるが、
薬物検査を行なわれ、家の家宅捜査まで行なわれるとは、
怖い世の中になったものだと思う。
草薙くんは、今、言葉を1つひとつ選びながら、
ゆっくりとしゃべっている。
これから彼は、社会的な責任を、負っていかねばならない。
いつ復帰できるかどうかは、わからないが、
きっとプレッシャーに打ち勝ち、
もとの自分を取り戻していってくれることだろう。
さて、佛教用語の隠語の中に、
般若湯というものがある。
いわずも知れた、お酒のことである。
お坊さんは、得度のときに、
戒を授けられ、お酒は禁止されているが、
なぜこうも堂々とたしなまれているのであろうか。
しかも、お坊さんが、お酒をたしなむことなど、
今や公然の秘密などではなく、
誰でもが知っていること。
まあ仕方がないと、半場呆れられているのが現状だ。
佛教用語で、般若といえば、
真実を見抜き、悟りへ導くための知恵という意味である。
今、佛教の流れの中には、2つの潮流がある。
1つは小乗佛教、1つは大乗佛教。
小乗佛教は、南方佛教とも呼ばれ、
タイ・ミャンマー・ラオス等を中心に栄え、
250の戒律を持つ。
大乗佛教は、北方佛教と呼ばれ、
中国・韓国・日本などに今伝わっており、
48の戒律を持っている。
小乗・大乗のお話は、いずれしたいと思いますので、
ここでは、割愛させていただきます。
いずれにしても、250戒、48教戒の立場をとる小乗佛教・大乗佛教といえども、
修行の妨げとなるお酒は、かたく禁じられています。
「不許葷酒山門」
葷酒(くんしゅ)山門(さんもん)に入(い)るを許(ゆる)さず
お酒だけではなく、
臭いが強く、精力がつくもの。
にんにく、ネギ、ニラ等も、禁止されています。
お経を読み、作務を行なえる程度の体力さえあれば、
修行には十分というのがその考え方です。
私の師も、結構お酒は好きな方でした。
よくお酒を飲みながら、私を含めた小僧たちに、
「いいか、修行には、3つの行がある。
1つは、世の中の人が、修めるのが業である。
従って、わざ(業)を修めると書いて、修業という。
我々僧侶が、修めなくてはならないのが、行いであるがゆえに、修行と書く。
もう1つは、世の中と僧とがよく交わり、
広く佛の教えを広めるために、酒の行もまた、必要なのじゃ。ハ・ハ・ハ」と笑われる。
結局、仏典・経典・戒・律、どこをどう探しても、
お酒は禁止と書かれてあっても、
飲んでよしとは、書かれていない。
小乗佛教は、絶対に飲んではいけないが、
大乗佛教なら、少々は許される。
そんなわけはないのである。
般若湯の言い訳は、
古来より取り繕われてはいるが、
なかなか佛教界にとっても、悟りと同じように、遠く、
その解を見出すことはできない。
お酒は、ほどほどに。
そして楽しくたしなむ程度が、
今のところ、一番の解決法なのかもしれない。
注(1)般若湯:はんにゃとう
お酒は快楽を得るために飲むのではなく、薬と捉え、
智恵の湧き出ずるお湯という解釈に基づき、
「般若湯」と呼ばれるようになった。
(2)五戒:ごかい
佛教徒が守るべき規則
1. 不殺生戒:ふせっしょうかい
むやみには、殺してはいけない。
2. 不偸盗戒:ふちゅうとうかい
盗んではいけない。
3. 不邪淫戒:ふじゃいんかい
姦通を働いてはいけない。
4. 不妄語戒:ふもうごかい
ウソをついては、いけない。
5. 不飲酒戒:ふいんしゅかい
お酒を飲んではいけない。

人が生を受け、人生を全うする。
このことを誰も疑問に思うことはありません。
人が人として本来の自分を見い出し、今をすばらしいと感じたときにこそ、私たちの本性である神性が目覚め、人として生きてきた自分を知ることになるでしょう。
人は成長を求め、両親や性別、このときを選んで自らの意思において生まれています。
しかし悲しいことにその記憶を宿すことはありません。
なぜなら、生きる目的を最初から分かっていることは、時として魂の成長を妨げてしまうことになるからです。
れいめい拳が解き明すのは、あなたのすべてではありません。
問題に立ち向かおうとあなたが決心したとき、そのほとんどは解決しています。
後ほんの少し残った課題をれいめい拳がお手伝いいたします。あなたは今という一瞬を表現し、学びとしている存在です。このことを忘れないでください。
れいめい拳のえにしにより、今を生きる皆さまの一助になれれば幸いです。
Copyright (C) 2009 kokoroテンプル(5510.jp)All Rights Reserved.
※当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます。